千ひろ<京都 祇園>

フランスの伝説的料理人ポールボキューズがお忍びで訪れ、ヌーベルキュイジーヌに多大な影響を与えたといわれる、京都祇園の「割烹 千花」については、以前レポートをさせていただいた。

「千花」のご主人永田基男氏の長男雄義さん・次男裕道さんは、ご主人の築かれた世界を引継ぎ二人で守られていたが、現在、長男雄義さんが「千花」の一切を仕切り、次男の裕道さんは、新たに祇園の北側へ「千ひろ」をオープンさせた。

京都四条通を八坂神社方面に歩き、路地に入った風情。

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祇園の界隈には、こういった小道がたくさんあって本当に迷ってしまうが、それこそ、いなせな芸子衆に出くわすかもしれない幸せな迷路ではある。

その昔は、料亭と置屋しか存在しなかったんだろうけど、今は、カラオケスナック、喫茶、さらには風俗なども軒を連ね、日本の都市に共通の路地裏となりつつあるのは、少し寂しい。

「千ひろ」もご覧のような一角に一昨年デビューしたが、「新たに加わった」ことを感じさせない、京都の「変わらなさ」が薫る佇まいはさすが。
引き戸を開けて右に折れると、「千花」から譲り受けたという白木のカウンターが、真新しい店内と程よく調和し、薄いグリーンの壁に間接照明がはんなりと反射して、静謐な空間をくまなく照らしている。

料理は、お正月へのこだわりが多少あったとは思うが、極めてストレート。
店主の実直な性格も反映してか、奇をてらったところは微塵もなく、素材とその素材に対するほんの少しの足し算で成り立っている。

素直に慎重に立ち向かわないと見失うほどの、清廉さ・はかなさをも感じられ、カウンターをはさんで会話が弾むインターバルも、料理が運ばれるとひたすら沈黙し、集中力を一心に傾ける自分がいる。

ばくらいやカラスミといった酒肴もとびきり美味しく、あまり手をかけずそのまま出される。ある意味時代に逆行した、というか「変わらぬ京都の旦那さんのための料理」を、提供されているのだろう。

店主が、ステンレスの鍋を使っていたことになんとなく違和感を感じ、カウンターごしにのぞくと、まな板の横には電磁調理プレートが。
「意外と合理的なんだなあ」と思うとともに、カウンター席が熱くならないよう、私たちへの配慮なんだろうと理解した。

食事も終わり化粧室に立つと、まったく「千花」と同じレイアウトなのに驚くが、そんな客の気持ちを知ってか知らずか、席に戻ると「お造りに付けさしてもらう塩昆布と最後のジュースだけは、向こうと同じにさしてもろてます」との答えが帰ってきた。

「千ひろ」のほうが、昔の「千花」の味に近いと言う人も多い。個人的な想像の域を越えないが、それは、裕道さんのほうが、下ごしらえを担当していた時間が長かったからではないかなあと思う。

正直、私にはわからないしあまり興味もない。それよりも、修練を極めた料理人二人と、同時代に食べ手となりうることの方が貴重であろう。

ただ、「千ひろ」が、塩昆布とジュースから解き放たれた時は、京都料亭界の静かなニュースとなるかもしれない。

なお、京都の料亭は、代々世襲制を取っている点だけをとっても「文化」である。歴史も将来性もなく「儲け」だけを追求する飲食ビジネスとは、まったく異質のものといえよう。

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そして、文化であればこそ、それを批評するには、美術評論や文芸評論と同じく、多くの研鑚と経験をつまなければならないはずだ。

昨年夏、ある週刊誌上で、「千花」と「千ひろ」を比較しつつ感情的に批評する記事が掲載されたそうだが、そのあらぬ内容に「千花」の大女将が大変心を痛めておられた。
大女将にとっては、血を分けた大切な二人の息子である。その心情をおもんばかるとともに、文化を汚すような批判だけは、決して行うべきではないと自省した。

◆割烹 千ひろ◆
京都市東山区祇園町北側279-8  075-561-6790

2003年01月20日