アルバス(フランス料理)
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ときおり、自分のサイトでは書かずに、そっとしておきたいと思う料理店に出会うことがある。今から紹介する「アルバス」も、文章は概ね出来上がっていたものの、実に3ヶ月以上アップすることができずにいた。
ところが、「アルバス」でのすばらしい体験をメルマガや日記に書いたので、その間もずっと伊藤の「アルバス」の記事が読みたい! といってくださる読者が後を絶たなかった。そして、友人で大切な読者でもあるしのさんから、料理王国に「アルバス」が載っていましたよ、とのメールをいただき、それに背中を押される形で「では私も」と、ようやく記事をアップする決心がついた。
最初は「アルバス」オーナー仲田さんと私との出会い、フランス料理店「アビシウス」での話から。
有楽町のビル地下にある「アピシウス」。フランス料理好きなら誰でも知っている超高級レストラン。現在「パ・マル」を営む高橋徳男氏がずっと総料理長として店を育て、これまた現在「ロオジエ」でシェフソムリエとして活躍する中本氏が在籍した。そして仲田さんは、当時「アピシウス」でシェフソムリエをされていた。
「アピシウス」で奥様の誕生祝をするご夫妻に「いいワインを開けるつもりなので伊藤さんも来ない?」とのお誘いを受け、喜び勇んで出向いた日の出来事。
ご夫妻が選ばれたワインはDRCの「ラ・ターシェ」。何年だったかは失念してしまったが、それはそれはドキドキである。ところがシェフソムリエ仲田さんは「ご指定のワインを抜いてみましたがどうも状態がよくない。でもセラーでこれが最後の一本でしたので、ワインを変更させていただきたいのですが」とおっしゃる。そして変更となったワインはすでにデカンタで用意されていて「どうぞ。まずはブラインドでお試しください」と、静かに微笑んだ。
「ラ・ターシェ」の代わりなのだから、相当にいいワインだろうとの想像はついたが、ブルゴーニュではなくボルドーしかもメルロー種のようだ(それぐらいは私にもわかります)。結論は1982年の「シャトー ル・パン」だった。
「シャトー ル・パン」自体が年間600ケースしか生産されず、そのほとんどがアメリカに輸出されるので日本では強烈にレアなワイン。しかも1982年は特に貴重で、現在ボルドーワインの最高値(日本円で49万円)がついているという。
「お客様からいくらいただいたらいいのか。値段がつけられないワインですので、こんな機会にしかお出しできないですよ。でもほんとうに素晴らしいワインですよね」と、再び仲田さんは静かに微笑んだ。私は一生かかっても出会えることのないワインの記憶と仲田さんの落着いた佇まいが常に重なりつつ、消えることのない最上の思い出となった。
(なお、仲田さんがダメだしした「ラ・ターシェ」を後で飲ませていただいたが、凡人の私にはどこがダメなのかさっぱりわからなかったのである)
そして、その仲田さんが開いたレストラン、それが「アルバス」。場所は銀座、いわゆる雑居ビルの3階(どうにも写真の撮りようがなく、ビルの外観で申し訳ありません)。

ところが重厚なドアを開け一歩進むとシーンは一転。こぢんまりとして温かく、少々かわいらしくもある彼の城が現れる。カウンター、ダイニング、シガー(喫煙者用)コーナーと三箇所に分かれ、カウンターとダイニングを隔てるのは、天井まで届きそうなワイングラスの棚。とてもソムリエらしい憎いレイアウトだ。
バーでシャンパンをいただきつつ「メニューを見せてください」とお願いすると、仲田さんは少々つらそうに「メニューは今のところこの1種類だけなんですよ・・・」と手渡す。
確かにひとつ。しかも2004年1月当時のメニューは、カキ、フォアグラ、伊勢エビ、鴨と、バリバリ王道の食材を使った分かりやすいコース。どうにもコメントのしようがなかったので、続いてワインリストを所望した。
するとまた恥ずかしそうに「まだまだこの程度のものしか揃えられていないんですけど」と差し出される。オープンしたばかりだし、あの「アピシウス」と比較してもしょうがないわけで、よく集められたなあと心底感心したが、本人的にはまだまだと思っておられるのかもしれない。
ところがである。ダイニングに移って食事をスタートして初めて、仲田さんのやりたかったことが見えてきた。「赤は何かお好みでボトルを選ばれて、白は私のほうでチョイスしたものをグラスでお出しする、というのはどうでしょう」と彼は言い、当方も快諾。
カキにはシャブリ、フレッシュフォアグラには上質のソーテルヌ。とりあえずセオリーがある。当然ながら仲田セレクトはそこを避け、奇想天外な、アッといわせるワインを「どうだ!」ばかりに注ぐ。その日その人によって合わせるワインを変えられるようなので、あえて何だったかは記さない。ご来店時の楽しみとさせていただきたい。
ただひとつだけ。次の伊勢エビのときだった。「魚料理の最高食材ですのでワインもシャルドネの最高のものをネ」と、まだ封を切る前の、コルトンシャルルマーニュをテーブルにポンと置く。ちょっともったいぶったその所作も、ワクワク心が微妙にくすぐられてしまう。
最高級のシャルドネで伊勢エビをいただいている途中、おしぼりとともにシャンパングラスが新たに運ばれてきた。仲田さんは、ヴィンテージ物のドンペリニオンを注ぎながら「足をちぎって手でお召し上がりください。その時にはこのシャンパンのプチプチ感か合うんですよ」と。
赤ワインはオフビンテージのボルドーを強くすすめられた。ボルドーの格付けワインはオフビンテージの時の作り方が各シャトーで異なるそうで、オフはオフとしてそのまま出すシャトーと、オフゆえにぶどうを厳選し少量出荷ながら極めて完成度の高いワインを造るシャトーがあるらしく、仲田さんのセレクトは自信を持ってその後者。1991年ながら、信じられないぐらい強く、すでにかなりの熟成感も持っていた。
まさに脱帽である。ありそうでなかった、というかありそうでも誰にもできなかったレストラン。ワインのスペシャリストが、食べ手には想像もつかないワインと料理のマリアージュを、その料理ごとに披露する場がここにあるんだよなあ。感激という単純な言葉だけでは語れない、これぞまさしく「一夜の夢」。
さて、仲田さんは開業準備中、私が記事でも紹介した小林シェフのイタリア料理店「フォリオリーナ・デッラ・ポルタ・フォルトゥーナ」に数回出かけられたと聞いた。ワインの専門家であるご自分の能力をどのようにお客様に伝えようか。そのヒントが、小林シェフが実践した、固定した1種類のメニューに対し自分がセレクトしたワインをグラスで提供する部分にあったんだろうなあと思う。

ところが、個人的な意見として聞いていただきたいのだが、小林シェフの店で飲むワインは、銘柄やぶどう品種自体がよくわからないマイナーなもので、しかもすべての料理と相性がよいとは感じなかった。つまり、料理人として1種類のメニューで勝負するのはすごいなーと思ったけど、ワインまでは必要ないのでは、と感じたのである。
一方「アルバス」は、最初メニューが1種類しかないことを不安に感じつつ席に着いた。が、ワインが注がれるたび、その1種類のメニューが幾通りの味わいにも増えていくような、不思議でうれしい誤算となった。そして遅ればせながら、アラカルトや複数のコースメニューであれば実践できない、仲田流のこだわりをそこに見つけたのだった。
仲田さんは、一般的なソムリエのイメージとは異なり、押し付けがましくなく、落ち着きがあって物静かな方。店はオーナーの人柄というけど、まさに「アルバス」は、そんな仲田さんを具現するような空間を好む大人のためのオアシスとなるだろう。
◆レストラン アルバス(フランス料理)◆
東京都中央区銀座6-7-6 銀座細野ビル3階 03-3569-3386
ご予算:20,000円~/一人




