一即夛<西麻布>

◆日本料理のバリエーション

日本人に生まれ日本食を好むのはごく当たり前だが、日本食といっても、家庭の主婦が作る日々の料理、またその延長線上の定食屋や家庭料理を売り物にした店、そして居酒屋みたいに酒肴や新鮮な魚をメインにした展開、さらに歴史と伝統ある京料理にまで至る。
と書くと通りはいいのだが、家庭の味と京料理の間ぐらいに収まる日本料理店は意外と少ないように思う 。

研ぎ澄まされた・・・みたいな言葉で形容される懐石ほど格調高くなくても、最高級の食材を使わなくてもいいから、もう少し肩のこらない普段から親しんでいるメニューを。でも、外食である以上家庭料理とは違うプロの技は絶対に楽しみたい。と、そんなカテゴリーに属する料理店である。

大阪は法善寺横丁にある「喜川」は、日本料理のコースの中にカニグラタンやクリームコロッケ等を登場させ、京料理とは違う浪速料理の潮流を作った(誤解があってはいけないので注釈しますが、浪速料理の特徴はそれだけではありません)。個人的には上記のカテゴリに入るとも思うが、京料理と大差ない高額なので、あまりお得感がない。

旨くてそこそこ手の出る価格で、決して気位の高くないやさしい献立、なおかつしっかりと料理人の匠が光っている。そんなトコロはないかなあと日々思っていたら、まさにピッタリの店と出会うことができた。

そこが今回ご紹介をする「一即夛」である。

◆西麻布の奥地

ichi2.jpg場所は西麻布のかなりヘソな辺り。こんなところに旨い和食店があるのかといぶかしく感じる異国情緒豊かなバーなどが多く入ったディープなビルの2階。実は「一即夛」の二軒となりも雑誌にもよく紹介される日本料理店があるのだが(そこと間違わないように)、一即夛と大きな文字で書かれた暖簾を目指す。

「一即夛」が意味する仏教用語からして、無に徹したわびさびの店内に修行僧のような板長が構えていると思いきや、いかにも九州男児な骨っぽいご主人と、キップのいい女将さんに出迎えられる。店内も、どちらかというと和食にしては色使いがカラフル。テーブルやカウンターの感じも、ちょっとしゃれたエスニックレストラン風でもある。

そんなに広い店ではないので、できれば二人で訪れることをおすすめするが、奥はカウンターが厨房から少しはみ出す形になっていて、向かい合わせに四名で利用することもできる。

◆ありそうでなかったメニュー構成

メニューはなく(たぶん)多くは口頭で説明されるが、とてもわかりやすい。まず座ると、突き出しっぽい軽い(牛のたたきとかもあるので一概に軽いとは言えないけど)おつまみが数種、そしてスープが提供される。その後、わさび醤油、生姜醤油、ポン酢などつけるタレによって皿を代えた刺し身が数皿登場(刺し身が何皿も出る日本料理店は実はめずらしく、逆にとてもうれしい)。

そこまではほぼ定番。その後、煮物、焼き物は何にしますか・・・、と聞かれ、板長の頭の横にぶらさがっている自家製の干物や煮付けを今日の用意の中から選択。続いてメインにイカやカキフライ(季節ものだけど、ここのカキフライは最高)等の揚げ物か、絶品ステーキ(ビフカツも可)をおなかと相談しつつ決める。干物やステーキが出される合間合間には、大皿に盛られた野菜の煮物やマリネ等の箸休めが絶妙のタイミングで出てくるのも(この辺の多くは、女将さんの気配りに頼るところも大きい)大食漢のぼくにはうれしいプレゼント。

しめのご飯も、うにご飯や筍ご飯などの炊き込み系が日々数種用意されていて、腹いっぱいにもかかわらすおかわりを必ずしてしまうぐらいに旨い。そしてそして特筆すべきは、最後の味噌汁とお茶。お茶は大きな陶器の器(生ビールのジョッキのような)で提供。鮨屋のお茶のように渋く濃くて、「一即夛」の少し濃い口料理のシメにふさわしく、いつも楽しみだ。

◆西麻布を愛するすべての皆さんに

ichi3.jpgさて「一即夛」は、マスコミの波にあまりさらされていないようで、客はほとんど常連。にもかかわらず週末は2回転する盛況ぶりなのも、食べやすくておいしい料理が、多くの食べ好きのツボにはまった証拠だろう。

逆の表現をすれば、高級懐石料理店と家庭料理の間を埋める希少な和食店としての価値も高い。料理店のオペレーションを学びたい方にもぜひ参考にしていただきたいと思う。

多少常連の横暴さと彼らへの店の対応が気になるが、おいしい和食が食べたい純粋な気持ちに逆らわずぜひ足を運んでみるべき店だと確信する。少し前、同じ西麻布のイタリア料理店「ダルマット」の平井シェフが「一即夛」の「のどくろの干物」を、某雑誌の自分の好きな店コーナーで紹介されていた。さすがに嗅覚と味覚は鋭いよなあ。

※メインにステーキをお願いすると、普段着のレストランとしては予算オーバーになりますが、この店はぜひ普段着感覚で。

■一即夛(日本料理)
東京都港区西麻布1-10-16  03-3746-2877

2006年05月21日